2011年08月27日

第8期 昭和32(1957)年入学 

《第8期 とある技術部員から》 

 技術パートは当時、文系の学院生の中で唯一、理系の仲間の集まりだった。
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昭和32年5月 第8期新入部員 定例総会記念撮影


 活躍の場は主に毎日の昼の
学内放送とコンクール参加作品制作、学内放送のための野球の関関戦実況、文化祭や軽音楽部などの演奏会の録音などだった。
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昭和33年8月 夏季全員合宿 山梨県 昇仙峡
グラウンドで野球をしたり、小川で山女釣りを楽しんだ。

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パート別の勉強風景  技術パート

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昭和33年冬 スタンツ クリスマスパーティから

 学園祭では校舎に登り中央芝生の周りに音響設備を設置した。
放送用の機器はほとんど自分達の手造りだった。メーンデッキは先輩方の作品だが、当時出現したステレオ用テープデッキやエコーマシンに取り組んだ。
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学生食堂のラジオを修理して、みんなに
ラーメンを馳走になったこともあった。

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昭和33年 第3回 関西放送連盟主催 録音構成コンクール
課題テーマの部「学生を追う社会の目」 優勝   於 中之島公会堂プロ 野田正巳、 アナ 矢吹稔、 技術 西岡徹アシスタント 寺山長門、柿本誠、平田義治

 34年録音構成には初めて「デンスケ」なる物を使用できた。
それまでは東通工や赤井の紙テープレコーダーが主流でこれがめっぽう重かった。今日までの健康の源であったかと思っている。
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昭和34年 第4回 関西放送連盟主催 録音構成コンクールフリーテーマの部「移りゆく熊野路」 優勝プロ 清水純、 アナ 寺山長門、 技術 西岡徹、濱仲繁之朝日放送からの借り物のデンスケが活躍した。

 登校しても教室より部室で過ごす時間の方がはるかに多く、仲間と機械を
いじくったり、キャッチボールなどを楽しんだ。冬は信州までスキーにも行った。
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昭和34年 関西放送連盟主催
「関西放送劇コンクール」   於 関西大学 「隙間風」優勝  
作・演出 野田正巳 
同作品は「全日本放送劇コンクール」において全日本第3位に輝いた。

学院よりも
KGBを卒業した…という思いのほうが強いのは私だけではない筈だ…。
卒業後は、続きをクリックどうぞ!
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posted by kgb60th at 17:02| ◎ 第8期 | 更新情報をチェックする
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