2011年09月10日

第49期 平成10(1998)年 入学

49期はマイペースな世代 畑中頼親(第49期局長)

 

みんなマイペース、ただ、皆それぞれが自分なりの関わり方で局に貢献してきたため、今から振り返るとなかなか良い世代だったと思っています。

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1998年 「放送祭 」

一番楽しかった思い出は、なんといっても2回生の時の大学祭。

 

夜遅くイベントの準備を終えた後、定食屋「ハングリーウィッチ」に通いつめ、その後は皆で技術パートの井戸君宅に押し掛ける、という毎日でした。

 イベントの話から他愛もない雑談まで、井戸邸で語り明かした日々は掛け替えのない青春の一コマです。
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1999年 「放送祭」

49期 詳細

(1)  49期について  1998

 49期はマイペースな世代であった。局に対する思い入れも各人様々。局活動に学生生活を捧げた者から、局活動以外に情熱を燃やした者まで、多様な局員の緩やかな集合体が49期である。

 (2)   放送祭

 局の華といえば放送祭。例年2回生がイベントヘッドとなって檜舞台に立つ。49期が2年生のとき1999年には次のようなイベントが開催された。

 

○「KGB  SUN  SUN  SUNDAY  FESTIVAL 〜秋をまるかじり〜」…恒例となった神戸三田キャンパスでのアウトドアイベント。気象状況に大きく左右されるが、この年は快晴に恵まれた。

 

○「OPEN-DJ SOUND JOY SQUARE music ,my life」…プラザの顔となる定番イベント。日程の一部で降雨のおそれがあったため、局員みんなで照る照る坊主を作った。

 

○「KGB  Presents “THE BIG BAND CONTEST”」…関学No.1のバンドを局が決める、という新しい企画。優勝したオレンジペコーはその後メジャーデビューし、真のビッグバンドとなった。

 

○「番組コレクション’99 〜AUTUMNWINTER〜」…伝統のイベントである番組発表会を、名称と演出を変えてリニューアル。旧学生会館ホールで実施。

 (3)  執行部時代 2000

 ○序

 3年生になって執行部に就くも、運営方針をめぐってたびたび執行部内で揉めた。このことが原因で下級生に迷惑をかけてしまったことは今でも心残りである。

 

 ○組織

 従前と変わりなく、アナウンス・ドラマ・技術・制作・報道の5パート体制。

 

○デジタル化

編集機材としてパソコンを導入した。49期はアナログからデジタルへの転換期の真っただ中にあり、その象徴的な出来事といえる。

 ○KGBニュース

 「ヘッドラインニュース→各曜日の特集→天気予報」というフォーマットで行っていた。各曜日の特集内容は次のようなものであった。月曜日…「スポーツインフォメーション」 火曜日…「ビッグパパ・ビッグママのお勧めメニュー」 水曜日…「週末のお勧めテレビ番組」 木曜日…「インスキーの時間」 金曜日…「今日の運勢血液型ランキング」

On-Airプログラム

 録音媒体がテレコから原則としてMDになるなど、デジタル化が進んだ年であった。

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卒業式 のあと 局室で49期生 勢ぞろい」!

動画作品1.路上ライブ「女性デュオ・らくがき」




(4)  49期のその後

 卒業後はそれぞれが色々な方面へ進んだ。進路としてはかなり多様であり、マイペースな49期らしいなと思う。

 

 また、それぞれがそれぞれの形で局に対する思い入れを持っていた世代であるため、卒業後も局・局員のことを気にかけている者も多い。49期にとっても、局はやはり掛け替えのない存在であったと最近よく思う。



posted by kgb60th at 09:21| ◎ 第49期 | 更新情報をチェックする
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